「親しき仲にも礼儀あり」という言葉を知らないのか?と思った話

なんとなくネットサーフィンをしていた際、親の愚痴をなんとなく漏らしている(Twitterの)投稿を見つけた時があった。

自分が読む限り、この人の親は俗にいう毒親らしいのだが、投稿した経緯に関しては「なんとなく思ったことを『そのまま』書いたのだろう」と解釈するような内容だったのだが、その投稿を素直に受けとったのか

「縁を切ればいいのに」

というニュアンスの返信がされていたり、投稿の内容が「うちの母親は『他人には遠慮をするが娘であるアンタには遠慮をしない。なぜなら親だから』と言ってくる」という趣旨だったせいか

「それって普通のことじゃない?」

というニュアンスの返信がされていたのだが、投稿内容と一部の返信にすれ違いがあり、驚いてしまった。

──

「それって普通じゃない?」という返信が、特に私自身の心に引っかかっているのだが。

自身の子に平気で遠慮をしないと発言する親は、遠慮をしないという言葉の意味を履き違えており、いわゆる「死ね」などという節度のない言動のことを「遠慮をしない」と言っているのだ。
決して「他人ひとの嫌がることをしない」や「TPOをわきまえる」というような倫理的・道徳的概念を教え込む、という意味の「遠慮をしない」というわけではないのだ。

そこを分かっていないらしく、「親が子に遠慮をしないのは普通やん」という趣旨の発言がちらほら見受けられたのだ。

そもそもの話だが、いくら親子関係でも複数の人間が「家族」という集団行動をしている以上は必要最低限の節度がいるわけで、親が子に遠慮をしないのは普通やん、というニュアンスの台詞を平気で発する人は「親しき仲にも礼儀あり」という言葉を知らんのか?と思ってしまうのだ。

いくら心理的距離が近い人でも横暴な態度をとってはいけない、相手とよりよい関係性を築くためには節度のある態度をとらなきゃいけない、という意味のことわざだが、それは親子関係でも言えることなのだ。

いくら親子間でも、節度のない行為をしたら、それは虐待になるのだ。

倫理的・道徳的概念の範囲内で躾をするならまだしも、節度のない行為は、たとえ親子間でも「いち人間」として許されない行為だ。

それを分かっていて「それは普通じゃない?」と言っているのならば、好きにしたらいいのだが。

よく分かっていないのならば、その投稿内容の背景を考えてから発言した方がいいのでは?と思ってしまうのだった。