故人に祈りを

また1人、自死により亡くなった芸能人さんの訃報を聞いたのだが。

芸能人さんに限らず、自死についての話題が上がるたびに「自死すると天国に行けないのに」という意見を見かけることが、たまにある。
それも一理あると少し思うのだが、正直なところ、自死であろうとそのタイミングで寿命を終えない限り、人間は死ぬに死ねないと思うのだ。

自死でも「死ぬタイミング」が訪れないと、死なないと思う

天国に行けるのか、地獄に行ってしまうのか、それとも(どこにも行けずに)現世をさまよってしまうのか、その話は少し置いておいて。

個人的見解ではあるのだが、自分は

  • そこで寿命が終わらない限り、自殺を実行しても生き延びてしまう
  • 自死であろうと死ぬ時は死ぬし、生き延びる時は生き延びる

と思っているため、たとえ自死だろうが「寿命を終えるタイミング」が訪れない限り、なかなか死ねないと思うのだ。

別に他の意見を貶めたいとは思っていないため、基本的に「異論は認めるスタンス」ではあるのだが、自分の考えを主張するならそう思うのだ。

残された者は、故人へ祈るしかできないのだ

少し前、偶然Twitter本当に楽になれたのかは知らないけど(中略)目的に向かっていったのだからこちらは本気の合掌をするしかないと呟いている人の投稿が流れてきたのを見たことがあり、自分の考えに近しいものを感じたため、リツイートという形で共有したことがあったのだが。
それを見かけた際、別の人がTwitter「亡くなった人のことをこの世の誰かが思い出すと天国でその人の周りに綺麗な花が降る」って聞いて、すごく感動したという投稿をしていたのを、過去に見たことがあったなぁ……と思い出したのだ。

この投稿を読む限りでは、故人が天国にいない限りお花が降ることがないのかなぁ?と、なんとなく思ったのだが。

仏教にある浄土真宗という宗派の教えでは「故人が誰であろうと極楽浄土へ行ける」というものがあるため、もしかしたら自死をした故人でも、その人を思って手を合わせていると「故人になにか『いいこと』があるかもしれない」と、ふと思ったのだ。

何度も言うが、基本的に「異論は認めるスタンス」であるため、余程なことがない限り、他の意見を排除したいとかそういう気持ちはないのだが。
ここ数年程、芸能人さんが自死をするたびに陰謀論を振りかざす人が湧いてくるのを見ると、残された人間にできることはそれではないと思うのだ。

自死をした人は「自分の意思」で自殺をしようと決め、死んでいったのだ。

決して、陰謀論でもなんでもないのだ。

死を受け入れたくないがゆえに「これは『なにか』の陰謀だ!」と発言しているのだろうが、それはただの戯言たわごとでしかないのだ。

本当に「他人ひとの死」が悲しいのなら、陰謀論がどうのと発言する前に、故人のために合掌する(祈る)しか方法がないのである。


▼芸能人の自死を「陰謀論だ」と思う人へ▼
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※英語学習がてら「英作文」で書いたため、英語が分からない方は翻訳サイトで邦訳することをお勧めします。

▼因果応報を絡めた話▼
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