ロシア兵と、スタンフォード監獄実験

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※注意※
この記事は少しショッキングな内容(性暴行等)を含んでおります。
この記事を読むのは無理そうだと感じる方は、無理に読まないようお願いいたします。


みなさんは「スタンフォード監獄実験」というものを知っているだろうか?

アメリカのスタンフォード大学で行われた心理学の実験で、広告等で集めた被験者*1を看守役と囚人役に分け、しばらくの間「看守」と「囚人」として生活してもらう、というものである。
本来は2週間ほど実験を行う予定だったのが、看守役の人間が暴走しだし、囚人役の人間に対し「行き過ぎた言動」をやりだしたことで、約1週間で実験を中止したのだ。

YouTubeの動画で分かりやすく紹介している人もいるので、とりあえず紹介しておく。)


www.youtube.com

正直なところ、検索をすれば書籍やネットで「この実験は捏造だった」という情報が出てくるのだが、今現在、ロシアによるウクライナ侵攻で、ロシア兵の行動が暴走しているのをニュースで見ていると、どうしてもこの実験を思い出してしまうのだ。

ロシア兵の暴走

もちろん、ロシア兵による「この行動」を擁護するつもりは一切ない、ということを分かっていてほしいのだが。
ここ最近になり、「ロシア兵がウクライナの一般市民へ性暴力をしたうえで殺害する」というニュースを見るようになった。

スタンフォード監獄実験のことを知っている自分ですら、非道なことを始めたな、と思ってしまうため、実験のことを知らない人だとなおさら「なんてことを!」と思っているだろう。

こんなむごいことをするなんて!ウクライナの人が可哀想!と思うことは悪ではないのだが、どうしても実験のことが頭に浮かぶ自分としては、「兵士」をいう役割を与えられなかったら「こんなこと」とは無縁の生活だったのでは?と思ってしまうのだ。
国からの命令とはいえ、その命令を実行しなくてはいけない環境で暮らしていると「自己暗示のようなもの」にかかり、もっと兵士らしいことをしなくてはいけないという心理状態になるのではないか?という憶測が、頭をよぎってしまうのだ。

実際のところ、どういう心理状態になっているのか、詳しいところは分からないのだが。

今まで「同じ立場の市民」だったのが「兵士と一般市民」になることで、心理状態が変わってしまうなにかがあるのではないか?と思ってしまうのだ。

精神疾患になる兵士たち

話がそれてしまうのだが、第二次世界大戦の話で、兵士を含め「精神疾患を患う人が増えた」という話をたまに聞く。
人によっては「なぜ人を殺した兵士が精神疾患になるんだ!」と憤るかもしれないのだが、最後までよく読んでほしい。

たしかに、倫理的(道徳的)に考えれば人殺しはよくないのだが、当時の兵士だって、元々は「ただの一般市民」だったのだ。

今までずっと人殺しをしたことのなかった、ただの一般市民が、国同士の喧嘩のために徴兵され「いきなり人殺しをしなくてはいけなくなった」のだ。

精神的負担が大きかっただろう。

そりゃあ、ある意味で頭がおかしくなるだろう。

運よく精神疾患にならなかった「元兵士」のおじいさんが、戦争のことだけは口をつぐんでしまう(戦争以外の思い出は話してくれるのに……)という話も、たまにSNS経由で知ることがあるのだが。

運よく精神疾患にならなかった人ですら、そうなのだ。

「口に出したくない『なにか』」が、「墓場に持っていきたいほどの『なにか』」があるのだ。

自分は戦争を経験したことがないとはいえ、運よく精神疾患にならなかった人ですら「どうしても戦争のことは話したくない」というような行動(意思表示)をとってしまうほどの悲惨な体験であり、そういう状況だったんだなぁ、と想像してしまうのだ。

余裕があったら、考えてほしい

正直なところ、ニュースを見るだけで気が重くなる事案のため、「共倒れ*2のようなものになってはいけない」という意味であえてウクライナ侵攻に関するニュースは見ないという選択肢を選ぶのも、ありだと思っているのだが。

心に余裕のある方は、もしよければ考えてほしいのだ。

なぜロシア兵の行動が過剰になってしまったのか、侵攻が終わった後の彼らの精神状態はどうなるのか、を。

もちろん、ウクライナの人々も、兵士を含めた「全員」が苦痛を感じていると思うのだが。
今回の侵攻でロシア兵になった人々も、元々は「人殺しをするような環境」にいなかったのだ。

今回の侵攻がきっかけで、初めて「人殺しをしなくてはいけない状況」になったのだ。

精神的苦痛がのしかかっているだろう。

なぜそういう状況に至ったのか、全く考えずに「兵士がひどいことをしている!」と思っている人は特に、ロシア兵になった彼らの背景にあるものを考えた方がいいと思っている。
もちろん、倫理的・道徳的観点でいえばしてはいけないことをしていることは確かで、それを許す(ゆるす)わけにはいかないのだが。

*1:試験・実験の対象となる人。治験に参加し、治験薬の投与を受けるか又はその対照となる個人です。【引用:weblio辞書

*2:相手と共に立ち行かなくなるさま、無理な競争や相互補助を行ったりした結果として互いに駄目になることなどを指す語。【引用:weblio辞書