生活環境や言語の違いを痛感した話

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特に「なにか」があったわけではないが。
先日、こんなことを呟いた。

アメリカで猫のブリーダーをしている親御さんが、仕事の一環で(日本でいう)インスタグラマーのような活動をしており、そのアカウントを一方的にフォローしているのだが。
そこの娘さんが、つい最近1歳になったばかりのまだ喃語なんごしか話せない時期なのに、その子から発せられる喃語に「どことなく英語を感じる」のだ。

喃語とは
赤ちゃんが喋る「言葉になっていない言葉」のこと。
ばぶー、あーうー等のことをいう。

そもそも親御さんが、アメリカ英語を話す「いわゆるネイティブの人」だから、そこの娘さんが聞き慣れた英語を基にした喃語を話すのは当たり前なのだが。
普段から「日本語を基準とする喃語」を話す赤ちゃんに出会うことが多い自分からしたら、新たな発見をしたような気分になるのだ。

よく考えたら当たり前のことなのに、SNSを通じて生活環境や言語の違いを感じられる瞬間である。