裕福な家庭で育ったからといって、必ずしも幸せになれるのだろうか?

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数ヶ月前にアマプラで『Joker』を見た際、視聴直後は「主人公が貧困層出身者ではなかったら殺人鬼になる可能性は低かったのでは?」と思ったのだが、あの映画について反芻と咀嚼を繰り返すうちに富裕層出身者だったとしたら(あの作品でいう)殺される側になるだけでは?という思いに至った。

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貧困層出身者が、必ずしも「悪」に染まらない

いや、お金があるに越したことはないのだ。

「生活するために必要なもの」と「お金」を物々交換の要領でやり取りしないと、人間は生活できないのだ。

お金があるに、越したことはないのだ。

ただ、あの映画にいる富裕層の人々を思い出すと、富裕層だからこそ「貧困層出身者の生活や心境」が想像できず、富裕層の人間がさらに裕福になるためのことしか考えていないのだ。

貧困層出身者からしたら、富裕層の人間がそういう態度でいるから腹が立つし、あの映画では「貧困層による『富裕層へのデモ』」が起きていた。
しかも、Jokerという殺人鬼が生まれても、他の貧困層出身者は彼のことを「自分の代わりに富裕層出身者を懲らしめてくれた」とヒーロー扱いした。

「貧困」という要素だけで、殺人鬼をヒーロー扱いするほど、心が荒むのだ。

生活するうえで、お金はあった方がいいのだ。

ただ、「彼」が富裕層出身者だったとしたら、必ず幸せになれたのだろうか?

富裕層出身者だからって、必ずしも「悪」にはならないが

あの主人公が富裕層出身者だったとしても、親の教育方針等の生活環境によっては「『富裕層がさらに裕福になるためのこと』しか考えない人間」に育つ可能性があるのだ。
もしかしたら、あの映画でいうダークヒーローのような、自分の代わりに富裕層の人間を懲らしめてくれるような存在が生まれてしまった時、「殺される対象」になる可能性があるのだ。

それはそれで、悲しいことではないだろうか?

自分はどちらかというと「あまり裕福ではない家庭」で育ったため、あの映画の貧困層出身者を見ると胸が苦しくなるのだが、だからといって彼ら(貧困層出身者)が逆の立場だったらどうなるのだろう?と思うと、それはそれで勝手に胸が苦しくなってしまうのだ。

いい意味で幸せになれたらいいのだが、「富裕層だから」という理由で殺される対象になり、しかも実際に殺されてしまったら、それはそれで富裕層の人間として生まれた意味を考えてしまわないだろうか?

生きるうえでお金は必要であり、お金はあるに越したことはないが、富裕層出身者だからといって「必ず幸せになる保証」なんてないのだ。
貧困層出身者だろうが、富裕層出身者だろうが、悲しいことに「必ず幸せになる保証」なんて一切ないのだ。

貧困層出身」という事実に正解も不正解もなければ、「富裕層出身」という事実に正解も不正解もないのだ。