毒親に限って、なぜか親子の絆を大事にしている

「二月の勝者」というドラマを毎週観ているのだが、そのドラマの8話で、とある家庭の父親が(家庭内で)暴力を振るうシーンがあった。

フィクション作品とはいえ、自分の経験と今まで見聞きした毒親情報(ネットサーフィン中に見かけた毒親育ちの方の体験談)を思い出し、毒親ってなんであんなに似たりよったりなキャラクターなんだろう?と思ったのだが。
その回の「二月の勝者」を観ていて、ドラマ内のとある台詞(DVする父親の台詞)を聞いた際、そういえば毒親に限って「親子の絆を(悪い意味で)大事にしているな」と思った。

親から、喧嘩を売っているのだ

そのシーンでは、例の父親が家庭内で(普段通り)暴力を振った際、我慢の限界を迎えた子どもさんが父親に反撃してしまうのだが、反撃された父親が「親に手をあげたら、謝れ。謝らないなら警察に通報するぞ!(中略)お前がやったのはそれ程のことだ!」と逆ギレするのだ。
うちの両親もそのタイプで(しかも他の家庭の毒親にもその傾向がある)、今まで日常的すぎて気づかなかったのだが、ドラマを観ていたのがきっかけで「そういえば『子→親への反撃』を許せない毒親って多いよな。なんでだろう?」と疑問を抱いたのだ。

なぜそういう傾向があるのか、理由は分からない。

もしかしたら「そういうこと」を研究している学者さんがいるかもしれない(すでに『そういう研究に関する論文』が出ているかもしれない)し、そもそも日本国内の毒親全員を見聞きしたわけではないから、子→親への反撃に対して逆ギレしない毒親もいるだろう。

だが、自分が知りえる限りでは、なぜか毒親(うちの両親を含む)は子→親への反撃が許せずに「なぜ親を大事にしない!?」と言わんばかりに逆ギレする傾向があるのだ。

なぜ親を大事にしない?と言われても、お前が子どもを大事にしないからだろうとしか言いようがないのだが、なぜか虐待をする親に限って「子どもが親を敬うのは当たり前」という思想を子どもに押しつけるのだろうか?と思ってしまうのだ。

親が子どもを粗末に扱い、意味不明な言いがかりをつけ、喧嘩を売っているのに。

親から先に(子どもに対して)そういう行為をしているのにも関わらず、いざ子どもが喧嘩を買ったら「親に暴力を振るうなんて!」と再び言いがかりをつけて逆ギレしだすのだ。
こういうタイプの毒親は、なぜ自分の行いが理不尽な行動だと理解できないのだろうか?と思うのだが、どういうわけか自分の行い=常識的な行動だと思っているのだ。

虐待を正当化する理由とは?

うちの両親に関しては、父親→虐待被害者、母親→発達障害の傾向あり(未診断)のため、脳や思考回路に歪みが生じやすい原因を持っているのは分かっており、もしかしたら他の家庭の毒親にもなにかしらの理由で脳や思考回路に歪みが起きている可能性が否めないのだが。

だからといって、今までのうのうと生きてきたわけではないだろうし、どこかのタイミングで「自分は他人ひとと違うのか?」と思う出来事はあっただろうから、なぜ自分は普通だと思えるのかが不思議なのだ。
自分を客観的に見ることができず、自分から喧嘩を売っておきながら(子どもが喧嘩を買うと)親を大事にしないなんて許せない!と騒ぐような人間だからこそ、虐待を虐待だと思えないのだろうが。

はたから見たら、この手の人間は滑稽に見えるだろう。

自分の子どもに対して喧嘩を売っておきながら、喧嘩を買われた途端「うちの子は自分おやを大切にしない!」と騒ぎ立てるのだから。

親自身が先に喧嘩を売っているのに、その喧嘩が買われた途端「親である自分を粗末に扱う!許せない!」と騒ぐなんて、馬鹿らしいにも程があるでしょう。

「そういう病気」と一言で片付けてしまったら、それで終わりなのだが。

虐待という哀れな行為を、恥ずかしげもなく生きていて、よく平気でいられるなぁ……と思うのだった。