そもそも「前提」が間違っているとは思わないのか?

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趣味であるネットサーフィンをしていると、たまに「ご飯にシチューをかけるかどうか論争」に出くわすことがある。

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自分の場合、特定の食材に苦手なものがあるものの「食べ方」に対しては特にこだわりがなく、極端に悪いやり方ではなかったら、少しぐらい行儀が悪い食べ方でも「美味しかったらOK!」という考えではあるのだが。
正直なところ、親がシチューを作る時だけ「シチューのみ」そういう食事としていたため(真意は謎)、自分からしたらご飯にかけるかけない以前に「シチューってご飯と一緒に食べるんだね!」という印象なのだ。

そのことがあるから、シチューをご飯にかけるかどうかを自分基準に当てはめた場合、「そもそも『ご飯とシチュー同じ食卓に並ぶ』という発想自体が間違いなのでは?」という考えが浮かぶのだ。

もちろん、本気で「『ご飯と一緒に食べる』という発想そのものが~」と思っているわけではないから、ご飯と一緒に食べたらいいし、シチューをご飯にかけるかかけないかは個人の自由にしたらいい。
好きにしたらいいのだが、自分は小さい時からそういう食べ方をしていたために、いまだにシチューはシチューだけで食べてしまうし、シチューだけで満腹になってしまうのである。

シチュー以外のものと一緒に食べてみんなは平気なのか?(食事の途中で満腹にならないのか?)と思うのだが、大丈夫だからご飯と一緒に食べるのだろうし、「ご飯にかけるかどうか論争」が起こるのだろう。

「シチューかけご飯=グラタンみたいで美味しそう」という思いから、1度はやってみたい気持ちもあるのだが、「食べ切れそうにない」と思ってしまうのも本音なのである。