「怒る」と「叱る」の違い

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ネットを徘徊していて、「怒る人」が多いと思うことがある。
当の本人は「叱っているつもり」なのがまた厄介だと思ってしまう。

言葉の履き違え

子育てでも、新人社員の育成でも、なんでも。

誰かがなにかのミスをした時に、「怒る」人が多い印象がある。

しかも、「叱っているつもり」で。

「怒る」というのは、ただただ感情が爆発しているだけの状態ゆえ、自己中で理不尽な内容になっている。

それに対して、「叱る」というのは、相手の間違いを正しい方向にもっていくことをいう。
それゆえに、理論的(論理的)な内容になっているから、相手は間違いを素直に認めて訂正ができる。

みんながみんな言葉を履き違えているわけではないから、ちゃんと「怒る」と「叱る」の区別ができている人もいる。

でも、自分が今まで出会った人達やネットで見かける人達で、「怒る」と「叱る」を履き違えている人達は多い印象がある。

相手のためを思ったら、叱らなくては

相手のことを思ったら、叱らなきゃいけない。

なにがどう間違えているか、きちんと相手に伝えなければいけない。

子育てでも仕事でも、四六時中、心に余裕があるわけではないと思うから怒ってしまう時はあると思う。
人間は神様ではないから、余裕がない時はないし、四六時中にこにこできる人なんていないから叱れない時はある。

仕方がない。

ただ、「ただの感情の爆発」のことを「理論的に間違いを正している」とは思ってはいけない。

「褒めて伸ばす」の意味

これもまた、言葉を履き違えている人が多い。

これは、「叱らない」という意味ではない。

「間違っていることは正さないといけない(叱らなきゃいけない)が、褒める場面では褒めましょう」という意味であって、「間違いを正さない」という意味ではない。
怒るのは自己中で理不尽な感情だからやめましょう、相手が間違えていたら叱ることで正しい道に導きましょう、そして正しいことをちゃんとしていたら認めて(褒めて)あげましょう、という教育論が「褒めて伸ばす」である。

「怒る」と「叱る」を履き違えている人が多い時点で、「褒めて伸ばす」を履き違える人が多いのも致し方ないようにも思えるが。

言葉の意味を、履き違えてはいけないと思っている。