【映画評論】誰しも「Joker」になる可能性を秘めている

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映画館での上映が決まってから(上映されてから?)話題になっていた「Joker」が、いつの間にかアマプラで観られるようになっていた。

映画館で上映されている時から気になっており、アマプラで観られるようになっていたのはありがたかった(作品によってアマプラでは観られないやつもあるため)。

概要

あらすじは、以下のようになっている。

大都会の片隅で、体の弱い母と2人でつつましく暮らしている心優しいアーサー・フレック。
コメディアンとしての成功を夢みながら、ピエロのメイクで大道芸人をして日銭を稼ぐ彼だったが、行政の支援を打ち切られたり、メンタルの病が原因でたびたびトラブルを招いてしまうなど、どん底の生活から抜け出せずに辛い日々を送っていた。
そんな中、同じアパートに住むシングルマザーのソフィーに心惹かれていくアーサーだったが…。
引用:allcinema

大都会といっても収入格差が激しく、貧困層が多い地域なのだ。
主人公が日雇いで仕事をしていたのも、主人公自身が貧困層だったからだろう。

主人公がJokerへ変貌する前から、街はゴミで汚く、貧困層による「富裕層へのデモ」が行われていた。

もし仮に、主人公がJokerにならなかったとしても、主人公以外の誰かが「Jokerになるきっかけ」を持ち合わせている状態だった。

【感想①】台詞に感銘を受けた

市にはどうでもいいの。あなたたちも、私たちも。

主人公が定期的にかかっていたカウンセリングルームの、カウンセラーの台詞である。

公共施設であるカウンセリングルームがなくなることが決まり、カウンセリング中に主人公へ「(税金の)経費削減の関係でカウンセリングルームがなくなる」と伝えた時に、発せられた台詞だった。

主人公目線で見ても、持病(精神疾患)を抱えている以上、カウンセリングルームがなくなっては困るのも分かる。
しかも、持病以外にも体の弱い母親日雇い労働という、ある種の「問題」も抱えているため、通いなれたカウンセリングルームがあった方がいいだろう。

ただ、カウンセラーさん自身も、不安を感じていると思うのだ。

だって、職場がなくなるのだ。

たぶん、不安以外にも色々と思うところがあるのだろう、「市にはどうでもいいの。あなたたちも、私たちも。」という台詞が出てしまったのだと思っている。

カウンセリングルームといっても、公共施設ということは、日本でいう公務員のような立ち位置の職業だろう。
収入格差がある地域といっても、主人公に比べたら定期的にまとまった収入が入っていたと思うのだが、それがどうだ。

職がなくなるのだ。
カウンセラーさんも不安だろう。

日本でいう公務員のような仕事をしている人なら、もしかしたら新しい職場はすぐに見つかるのかもしれないし、すでに転職先が決まっているのかもしれない。
作中では「カウンセリングルームがなくなる」という話しかしていなかったため、新しい職場のことなんて、いち視聴者である自分には全く分からないのだ。

【感想②】悲しい話だった

そもそもの話、生まれも育ちも日本の感覚でいえば「不安等を患者に漏らすな」と思う人間が一定数いると思うのだが、それは日本が恵まれているから言えることだ。
収入格差や富裕層へのデモもそうだが、カウンセリングルームとはいえ公共施設がなくなるなんて、日本なら余程のことが起きない限り、ほとんどないだろう。

日本にもそれなりに収入格差があり、貧困層について話題にあがることが度々あるが、だからといって公共施設が潰れるなんて話はそうそう聞くことはないだろう。

日本だからこそ、言える話なのだ。

政治も含めて、簡単にJokerになってしまう環境だからこそ「市にはどうでもいいの。あなたたちも、私たちも。」という台詞が生まれてしまうのだろうと思うと、悲しみで胸が痛んだ。