愛されるだけでは、なにも生まないだろう

自分が小学3年生か4年生だった頃の話。

当時、不登校だったこともあり、フリースクールがやっているカウンセリングを定期的に受けていたのだ。

(カウンセリングを受けるだけで、勉強をするためにフリースクールへは行かなかった。)

そんなある日、カウンセリングで、カウンセラーさんにこんな質問をされた。

・愛すること
・愛されること
・愛し愛されること

この3つを順位づけするならどうする?と。

「愛し愛される」の定義

当時、自分はこう答えた。

①愛すること
自分から相手へ「愛」を自己開示しないと、相手から愛されないと思っているから。
自分から相手へ愛を与えないのに「相手からの愛が欲しい。」というのは、わがままだと思っているから。
②愛されること
相手が自分への好意がないと成り立たないけれど、自分からの愛を受け取ったお返しとして、成り立つ行為だと思っているから。
自分からの「好きだー!」に対して、相手が「こっちこそ好きだー!」と返してくれる……みたいな。
③愛し愛されること
①と②が両方クリアすることで、「愛し愛される」がクリアされると思っているから。
①と②のどちらか片方(または両方)が破綻している限り、2度とクリアしない項目だと思っているから。

そもそもの話、どういう経緯でこの話になって、答えを出した後はどういう話の流れになったのか、全く覚えていないのだが。
とにかく、15~16年前の出来事だからか忘れていることが多く、カウンセラーさんの質問内容と自分の回答内容しか記憶にないのだ。

たぶん「思考の偏り」や「考え方のクセ」を知りたかったのでは?と、今となっては思う。

(もしかしたら、別のことを知りたくて質問されたのかもしれないから、なんともいえない。)

愛はあげなきゃ貰えない

「愛はあげなきゃ貰えないのよ。」

2019年1月19日に放送された土曜ドラマ「さくらの親子丼2」の7話にて、愛されたいと願うばかりで、自分から人を愛そうとしない登場人物へ向けられた台詞だ。
リアルタイムでドラマを見ていたのだが、ドラマの台詞といえど、まさか(当時)20代半ばでこの言葉を聞くとは思っておらず驚いた。

いや、別に驚くほどではないのだが。

自分の周りでそういう思考の人を見たことがなく(気づいていないだけでいるかもしれないのだが。そういう話を周りとしたことがない)、ドラマといえど他者の言葉で自分の意見と似たような意見を聞くとは思っておらず、衝撃を受けた瞬間だった。


そもそも、「愛すること」「愛されること」「愛し愛される」の順位づけに絶対的な答えは存在しない。
十人十色という四字熟語があるほどだから、どういう順位だったとしても、全部の答えが正解だと思っている。

ただ、自分の考えを発言するならば、自分から相手を愛さないと相手から愛されず「相思相愛」にならないと思っているから、好意がある人(友人・恋人等問わず)には自分から好意(愛)の自己開示が必要だと思っている。

ただ、自分が相手に好意を持っていても、相手が自分に好意を持っていなかったら愛の自己開示は迷惑なだけだから愛は渡さなくなるし、お互いがお互いに馬が合わないと感じている場合も愛の自己開示は辞めようと思っている。

それが、自分の中で人間関係が上手くいく方法だと思っているからである。

当たり前かもしれないのだが。

人間関係そのものに、絶対的な答えがないから難しい。